「ボリショイサーカス」は、ロシアを代表する国立サーカスとして知られ、1958年の初来日以来、半世紀以上にわたって日本各地で親しまれてきました。当サイトは、その長い日本公演の歩みを記録する非公式の資料・アーカイブサイトです。チケットの販売や公演の実施は行っておらず、あくまで文化史としての記録を目的としています。
「ボリショイ」が意味するもの
「ボリショイ(Большой)」とはロシア語で「大きい」「偉大な」を意味する言葉です。つまり「ボリショイサーカス」とは、直訳すれば「偉大なサーカス」。その名の通り、空中ブランコ、アクロバット、ジャグリング、道化師(ピエロ)の喜劇、マジックといった多彩な演目を、大規模な会場でくり広げてきました。運営母体はロシア連邦文化省に属する国立機関であり、ロシアのサーカス文化を世界へ伝える象徴的な存在です。
1958年、日本との出会い
日本への初来日公演は1958年(昭和33年)。興行師・神彰(じん あきら)が率いた招聘団体が招き、「ボリショイサーカス」という日本での呼び名もこのとき生まれたと伝えられています。戦後まもない日本にとって、本場ロシアの華麗なサーカスは大きな驚きと感動をもって迎えられました。以後、夏の風物詩として毎年のように全国を巡演し、世代を超えて愛される催しとなっていきます。より詳しい経緯はボリショイサーカスとはと日本公演の歴史のページで紹介しています。
このアーカイブで見られるもの
- ボリショイサーカスとは ― 起源とロシア国立サーカスとしての成り立ち
- 日本公演の歴史 ― 1958年から2018年までの歩みと、公演の終わり
- 公演記録アーカイブ ― 年ごと・都市ごとの巡演記録
- 演目と見どころ ― 空中ブランコやアクロバットなど代表的な演目
- 全国の公演会場 ― 半世紀にわたり舞台となった各地のアリーナ
- 来日60周年の記録 ― 節目となった2018年の巡演
ひとつの時代の終わりとして
長く続いた日本公演も、2020年以降の世界的な状況の変化により中断され、招聘を担ってきた事業者の経営破綻を経て、実質的にその歴史を閉じました。だからこそ、いつでも会場へ足を運べた時代の記憶を、正確に、そして敬意をもって残しておきたい ― それが当アーカイブの願いです。往時のポスターやチケットを手にした方の思い出とともに、ここに記録をとどめます。
サーカスという表現文化そのものについては、サーカスの歴史(Wikipedia)もあわせてご覧ください。